限りない日々の逃走劇

主にtacicaを褒め讃えるためのブログです

tacica『dear, deer』 全曲感想【後編】

tacica初のベストアルバム『dear, deer』の感想、後編です。

 

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前編の記事を上げてから半年もたってしまいました。(いないと思うけど)待っていた人がいたら申し訳ない。

ahobird.hatenablog.com

前半の曲はtacica独自の、確固とした世界観を歌っていた印象があります。
この後半からは徐々に歌詞としても音楽としても拓けていきます。なので初めてtacicaを聴く人にとっては、後半の曲のほうが受け入れやすいかもしれませんね。
では一曲ごとの感想を。

なお前編に引き続いてMVを貼りますが、リマスタリング音源ではないのでご注意。

 

9. newsong

記念すべき初タイアップ!ナルトはチラホラ見てた程度なので何とも言えませんが、サビで踊るあの強烈なOPは記憶に残っています(苦笑)。

勝手に区切っといて言うのもなんですけど、「ハイライト」からの流れがめちゃくちゃいいですね。アコギの温かみを残しつつも、軽快なドラムによりタイトル通りフレッシュに。

初タイアップというだけあって、全体を通して明るい曲調なのですが、歌詞に注目してみるとすごく暗い内容です。
どうしてかと言うと、この曲がリリースされたのは東日本大震災の少しあとなんですよね。なので震災当時の心情が反映されているように思えます。
特にラスサビの

心の中でだけ話せる人よ
数が増えていくのなら
僕は生きれない?

というフレーズはかなり痛切です。”心の中でだけ話せる人”というのは、会うことがなくなった人だけでなく、亡くなってしまった人も含んでいるような気がしてなりません。それを踏まえると、”僕は生きれない?”はあまりにも切実な問いかけですね。

続く詞には「神様の椅子」や「命の更新」で使われていた単語、”物語”がまたもや出てきます。

僕等 まだ読み足りない物語
無理矢理 終われない事分かってて

tacicaの曲に出てくる”物語”は、人生って言葉に言いかえるとしっくりきます。
”まだ読み足りない物語”は”まだ生き足りない人生”みたいな。
まあ単にナルトがまだまだ読み足りないって意味なのかもしれませんが。

ここから怒涛のタイアップラッシュが始まります。

 

10. HALO

いや~もう名曲も名曲。好きすぎてコメントに困りますね。
爽やかなギターリフ、徐々にボルテージが上がるベースライン、一気に盛り上がるサビ、どれをとっても素晴らしい。
そして何より、歌詞がとんでもなくいい!

私事ですが、この曲を宇宙兄弟のOPで聴いたのがtacicaにハマったきっかけでした。で、歌詞の何がいいかというと、宇宙兄弟に登場するキャラクターのほぼ全ての心情に当てはめられるんですよ。
宇宙兄弟に出てくる人たちは、個性は違えど皆、宇宙を目指しています。そのひたむきな姿勢が詞に落とし込まれていて、聴くたび心に刺さるんですよねぇ。

しかし「HALO」は紛れもなくtacicaの曲です。
この曲について猪狩さんが話した記事があります(tacica HALO 2013.11.27 release)。発言によると「HALO」は宇宙兄弟という作品においての、『宇宙に行きたい』という気持ちに、tacicaの『音楽をやりたい』という気持ちを重ねたそうです。
その思いが”宇宙”と”音楽”のどちらの言葉も使わずに描かれています。
だからこの曲は宇宙兄弟の曲であると同時に、tacicaの、ひいては何かを目指す全ての人に向けられた曲なんですよね。

ラスサビはそんな人々の思いの強さを感じさせます。

光に似た希望は 
君の細胞に絡まっているから
一生 離さない それだけ
体が今 一人立つ舞台が雨でも 
心は逃げ出さない事
只 愛しくて走れるよ
さらば 真夜中のスランバー

いやもう本当にいい歌詞だなぁ...。
”只 愛しくて走れる”ってところがいいですよねぇ...。
ダメだ、浸りすぎて三点リーダーおじさんになってしまっている。
まあ、三点リーダーを連発するくらい思い入れが強い名曲ってことで。

 

11. LEO

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続いてハイキューとのタイアップ曲。
曲の展開が面白いですよね。カッティングギターから始まり、上下するベースが加わる。多彩なドラムパターンを聴かせつつも、サビでシンプルな8ビートになる(にわか知識で語っているので間違っているところがないか不安)。
静かなようで、ずっと動き続けているような感じ。
歌詞は「HALO」と同じで、ハイキューのキャラの心情に、tacicaの思いを重ねている......んじゃないでしょうか。ハイキュー見たことないからわからないけど。

サビがいきなり

ヘッドライトの明かり
それだけ頼りに走り出した

で始まるのがシビれますねぇ。
歌詞の対比も綺麗に決まっています。
”選り好みしないで掴んだ未来では 何か窮屈な夜”
”望み通り自分で描いた地図では 何て退屈な夜”
”止まりそうに揺らいで光ってみる ほら きっと 大切な夜”
窮屈な夜や退屈な夜に迷うけど、それも大切な夜なのだろうと。前半の曲に比べると、かなりストレートで前向きな詞になっていますね。

 

12.発熱

LEOに引き続いてこちらもハイキューとのタイアップ曲。テンポが速く、かつ今回のアルバム中で最も短い曲なので、風のように忙しなく駆け抜けていく様なイメージがあります。
のっけからドラムが超カッコいい!結構シンプルだと思うんですけど、それ故に飾らない真っ直ぐさがあって好きです。

あとアコギがかなりいい味出してますね。この曲みたいな、アップテンポにアコギを重ねる奴を色々な曲で聴きますけど、何か名前の付いている手法なのかな?

色のない舞台という言葉が何回か出てきます。これはハイキューとのタイアップということを踏まえると、バレーボールコートを意味しているように捉えられます。ただ、それだけじゃなくて、tacicaにとってのライブ会場のことも意味として含んでいるんじゃないかなと個人的に思っています。

 

少しケチをつけるようなんですが、次の「ordinary day」とのつなぎがちょっと不自然かなって思いました。同じアルバムの「サイロ」とか、『新しい森』の「YELLOW」や「群青」を間に入れてほしかったかな。
まあそれ言い出したら、入っていないあれやこれやが溢れてキリないですからね。
tacica名曲多すぎ問題。

 

13.ordinary day


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のっけから音や歌い方がめっちゃ優しいですね。6/8拍子で奏でられる壮大で穏やかな音楽。

『dear, deer』のなかではこの「ordinary day」から正規メンバー2人に、サポートメンバーの中畑さんと野村さんを加えた4人編成になっています。
まさに今のtacicaを象徴すると言える曲で、歌詞が分かりやすく、それでいて強く印象に残ります。

特にサビの詞がまあ~綺麗で素敵です。

時間の波に 記憶の海に
溺れても きっと 笑える僕達は

「神様の椅子」を作詞した人が書いた詞とは思えない(笑)。しかしながら同じアルバムの中に収録されたからこそ、tacicaの変容が今一度、明確になった気がします。

実はなんにもないような日常が大事なんだよと伝える詞は、数多くの世界的な混乱を経た今、より一層響きます。

あと、今回のベストアルバムで大きく意味を持つのはこのフレーズですね。

今 日常 歌え あえて当たり前から言うよ
何て可笑しいでしょう

いろいろな悲しみや嘆きをテーマにしてきたtaicicaだからこそ歌える言葉ですよね。
”何て可笑しいでしょう”の部分は、今になって日常という当たり前のことを扱うことに対する照れ笑いのようで、すっごく好きです。

生きるという根底にあるテーマは変わらないけれど、年輪を重ねたことにより、その強さが増した名曲だと思います。

 

14.煌々


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聴いた瞬間、はい名曲!ってなる、温かみにあふれたギターリフ。いやーほんとこの曲は名曲ですね。澱みのない明るさがあって、聴いているだけで生きる活力がわいてくるような気持ちになれます。

1番と2番の歌詞の対比が凄まじく、もはや芸術品と言いたくなるような領域に達しています。なんせAメロとBメロ全体がほぼ丸ごと対比になってますからね。
”太陽”と”月”、”後悔の代わり”と”答え”、”懐かしい日々”と”新しい日々”。
日常会話で使うような言葉ばかりなのに、どうしてこんなに照らされるような素晴らしい詞が作れるのでしょうか?不思議でなりません。

サビまで行くと自然に体が縦に揺れてしまいます。単調なリズムなんですが、そこがむしろテーマに沿っていていいと感じます。あと2番の”直ぐ傍にあるのかもしれない”の後のギターとベースがめっちゃ心地いいですね。
4人編成になってから、純粋なサウンドの良さが磨かれた気がします。

Cメロからラスサビへの流れも最高です。

悲しい事 悔しい事程
いつか僕が見る光になっていく

これまでになく前向きな詞からのジャッジャッジャジャーンからのサビでバーン!って感じ。う~ん言語化が難しい。

どこを切り取っても名曲で、何でもっと人気でないんだよこのバンドって思っちゃいます。

 

15.aranami


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この「煌々」から「aranami」の流れも最高っすね。歪んだハウリングからの澄んだギターによるイントロで一気に引き込まれます。

サビはリズムもメロディーもストレートで、それ故に猪狩さんの声の良さが目立ちます。

この曲はベストの為に作ったんじゃないかと思ってしまうような歌詞が所々あって、一際そう思うのが2番のサビです。

もう直ぐ もう少しで
出来そうな気がして 息切らして
それだけで毎日は驚く程に輝いた
あの頃 夢に観た僕達を見失う
目の前に只 光る微かな光が
この暗闇を照らすよ

驚く程に輝いたあの頃をデビューしたての頃だとすると、今のtacicaはその時描いていた理想のtacicaにはなれていない。
それでも、
微かな光がこの暗闇を照らすわけなんですよ!

15年以上続けてきたバンドとしての苦悩や希望が見えて、泣けてきますね。

最後のサビでそれまでのサビと少し言葉を変えるタイプの曲が好きなのですが、この「aranami」のも勿論大好きです。

まだ その先は知らない
今 その先を知りたい

「命の更新」や「newsong」で出てきた”物語”という言葉も相まって、強く意味を持つフレーズですね。

結成から時が経ち、ついに”今”のtacicaにたどり着いたことが分かる、名曲です。

 

ちょっと見返したらコイツ毎回名曲って言ってんな......。
まあそれだけいい曲がそろっているってことで許してね。

 

16. dear, deer

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tacica初のベストアルバムを締めくくるのは、書下ろし新曲であり、表題曲である「dear,deer」。
どっしりとした四つ打ちの音は、tacicaが歩んできた16年間の足音のようにも思えます。

歌い始めの”その先”という言葉から「aranami」と地続きになっていると僕はとらえました。
ほかにも”太陽”や”孤独”等の今まで多く使われてきた単語が出てきて、まさに集大成。

サビの

dear, deer 孤独の中でさえ
まだ希望を持っていたいなんて
雨に打たれて涙を隠す

なんかは、このバンドが根底に持つ精神そのものでしょ!

あとベストアルバムの書下ろし曲で”思い出は錆びるから”とか言っちゃうのが最高にtacicaって感じ。

一方で、サウンドの面でも歌詞の面でも、初期の曲からは考えられないような温かみがあります。
イントロからずっと鳴っている、右ギターのリフはとても落ち着く音ですし、”人間らしさ”なんてストレートな言葉も出てきます。

どんな当たり前の人間らしさを
いつも抱えたまま生きてる?

ここ、すっごく好きなんですよ。問いかけになっているのですが、その対象は個人的に聴いている人に向いていると思っていて。
今まで只管歩み続けてきたtacicaが、ふとこちらの方を振り返ったような感慨深さがあります。お前は親か。

最後のフレーズも、ここまで、そしてこれからの歩みを意識させるもので好きです。

色とりどりの鼓動 モノクロの僕達を未来へ
遊び疲れた頃 また会おう
dear, deer

結成15周年ライブの「象牙の塔」でも言っていた”また会おう”という言葉で終わるのがグッときます。

tacicaの新アルバムがこの前(と言っても2か月前)リリースされましたが、そっちは自主レーベルからの発売なんですよね。
だからこの”また会おう”は今までお世話になったソニーの方たちに向けたメッセージなのかもしれません。考えすぎだとは思いますが。

tacicaの軌跡であるベストアルバムのトリを飾るに相応しい、今までとこれからのつまった名曲でした。

MVのラストカット良すぎ

 

以上で全曲分の感想は終わりなのですが、いやー長くなった(笑)。
一番好きなバンドのベストなので思い入れもいっぱいで、あれもこれも書きたいと思ううちにこの文量になってしまいました。
ここまで読んでくれた方は本当にありがとうございます。

こうしてtacicaの歴史をベストで追体験してみると、バンド自体が一人の人間みたいだなという思いが湧きました。
時間とともに技術が高まり、音の表現の幅が増え、様々な能力が身につく。
それに比して価値観や考え方はゆるやかに、しかし着実に変化していく。

実際、「HERO」と「dear, deer」を続けて聴くと、全然違うバンドの曲みたいに感じられます。
だけど『dear, deer』を通しで聴いてみると、(ああ、こういう風に変わっていったのか)って伝わると思うんですよね。
その意味では、『dear, deer』はまさしくtacicaバイオグラフィーと言えるでしょう。

重ねてになりますが、ここまで読んでくれた方はほんっっとうにありがとうございます。
さっきも言及しましたがtacicaの最新アルバム『singularity』も素晴らしい作品なので、まだ聴いていなければ是非。

singularity - Album by tacica | Spotify

大きな声で言っていいのかわかりませんが、youtubeの公式チャンネルのプレイリストから無料で聴けます。

こちらも全曲感想を書きたいですねぇ......いつになるかはわかりませんが。

では最後に、親愛なるtacicaの言葉を引用して終わりとさせていただきます。

また会おう dear, deer