限りない日々の逃走劇

主にtacicaを褒め讃えるためのブログです

tacica『dear, deer』 全曲感想【前編】

tacica初のベストアルバム『dear, deer』の感想です。

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何の前触れもなかったのでリリースが発表されたときは本当に驚きました。収録曲はほぼシングル曲で曲順も完全にリリース順。なので「tacicaを聴き始める人には向いてるけど元からのファンが聴く意味はあまりないのでは?」と聴く前には思っていました。
しかし、聴いて思い知らされました。『dear, deer』はtacicaというバンドの歩みそのものだと。

名曲ぞろいなのは言うまでもないのですが、曲の流れがとにかく素晴らしい。tacicaの音楽や抱える思いがどう変わって、そして何が変わらないのか。それを伝えながら1枚のアルバムとしても完成されている。tacicaを知っている人、知らない人関係なしに薦められる傑作だと思います。
あと特典ヤバすぎ。ライブ2つで実質1300円とか安すぎて不安になるわ!

まずは前半8曲、「HERO」から「ハイライト」までの感想を、歌詞の解釈も交えながら。MVがyoutubeにある曲はリンクを張りますが、リマスタリングされていない音源なのでそこはご了承を。
ちなみに僕の音楽経験は中学校のリコーダーで止まっているため、音楽的観点からの詳しい感想は諦めてください。ごめんな。

 

1. HERO

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tacicaがベストを出すとなれば1曲目はこれしかないでしょう。壮大な世界をイメージさせるイントロに疾走感あふれるサビ、うーん、カッコいい。
ベストを組むにあたって全曲リマスタリングしたみたいなのですが、最初期だけあってこの曲が一番変わったような気がします。音が全体的にくっきりしていて、特にベースの音量が上がったんじゃないかな。

詞はヒーローになろうとする人間を描いたものです。tacicaの詞には度々ヒーローという単語が出てくるのですが、だいたい自分のもとに助けに来てはくれないと歌っているような気がします。
この頃からキレのあるフレーズが随所にあって特に好きなのは

僕等どう綺麗に歩いたって 自分まで騙し切れないで

ですね。独自の世界観を表現した詞、その中にシンプルに刺さる言葉が潜む。tacicaの原点とも言える一曲。

声をヒーローまで届けようと願えば
0から築けそうだよ何度も

2. 黄色いカラス

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唐突な始まりや激しい息継ぎから、必死に羽ばたくカラスの様子がイメージされます。しかし主人公はただのカラスではなく、黄色いカラス。なぜ黄色なのか?、それはカラスが黄色を視認できないからだという意見を見かけました。
主人公のカラスは体が黄色い故に他のカラスから認識されない、つまりこの曲のテーマは他人の目に留まらない孤独。

そう考えると終盤の歌詞も受け取り方が変わります。誰にも見られないから声を枯らしてでも鳴いて存在を知らせる。一見意味不明な歌詞に見えて実はこの頃の、インディーズ時代のtacicaの心情そのものなんですよ。多分。
初期のがむしゃらさが音として、言葉として伝わりました。

3. アースコード(ver. 118STG)

アルバム序盤でこんなクライマックス感満載の曲を持って来るのがベストって感じで堪らん!アースコードはカップリングとアルバムの2種類がありますが、これはアルバムの方ですね(118STGって何なんだろう)。
ディレイギターといい、終盤のストリングスといい壮大な空気感の音作りが本当にうまい。そしてそのスケールの大きさに負けない猪狩さんの歌唱力よ!ほんといい声。

詞の方は、生きることそのものを音楽に反映しているのだと言っているような気がします。”目で耳で鼻で口で指で刻む今日”そのものがアースコード、言い換えれば地球の和音なのだと。
壮大なテーマなんだけど、ところどころにチョコとかブーツみたいな身近な物が出てくるのが面白いですね。

4. 人鳥哀歌

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この辺りから徐々にダークになっていきます。
イントロの南極感が凄い。軽快なドラムに爽快なギターと一聴するとエレジーっぽくない印象を受けるのですが、内容は紛れもなくペンギンの哀しみについて歌っています。

人と鳥の間で苦悩するペンギン。空を飛べることに賭けるなら、冷たく苦しい海に潜らなければならない。選択を迫られるその様はまさしく、メジャーデビューを前にしたtacicaの憂いそのものでしょう。

この時期の曲はサビがとにかくキャッチーですね。

月に向け鳴いては如何?

氷上に酔って溺れる歌

一人 潜る方を恨んだ日

どれもキレのある表現で引き込まれます。

また、間奏での小西さんのベースソロも聴きどころです。tacicaの曲を聴いていると「このベースラインいいなぁ」と思うことが多々あります。ライブで楽しそうに弾くところもいいですね。

最後の言葉はtacicaの決心と言っても過言ではないでしょう。

いつか僕等も色褪せるのなら 自らの選択に

成功を祈って泳げる歌 水に潜る方を選んだ日

うーん、いいなぁ......。散々葛藤を歌った後だからこそ、水に潜る方を選んだという言葉に重みがあります。tacicaを代表するに相応しい名曲です。

5. メトロ

シングルのジャケットに東京メトロのマークが使われた曲。
しかし”真っ黒なボク”とか”真っ白な声”などの部分から察するに、歌っているのは明らかに蒸気機関車の事です。

廃線間近のSLが、かつて脚光を浴びた20世紀を思いながら夜を往く。そんな切なくも美しい歌詞が、綺麗な音色のストリングスと非常にマッチしています。

この曲もサビがキャッチ―です。

あの小さな絨毯もきっと空を飛ぶ為にはなくて

一見可愛らしいフレーズに見えるのですが、分不相応なことはできないと告げる残酷な言葉とも取れます。
個人的に特に好きなのはここですね。

減る蝋に背いて20世紀に戻るけど

ボクは車内

いや詩的表現すぎん!?よくこんな歌詞思いつくよな~。
減る蝋という表現は寿命を連想させます。廃線は人間に置き換えると死の様なものですもんね。SLを題材にしつつも、実は人の死について歌っているのかもしれません。

ラスサビへの展開も好きです。ギター、ドラム、ベースと音が増えてきてそして”夜”の一言で一気に開放される。
夜の電車内で聴くと最高に浸れます。

6. 神様の椅子

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「人鳥哀歌」、「メトロ」と続いた暗さがここにきてピークを迎えます。いきなり”神様は知らない”の一言から始まるのはインパクトありますよね。
続く激しいドラムによる間奏は強い怒りを反映している様です。

”どの椅子からも同じように見える”この世界の色は、アナタ(神様)が座る”その椅子からは何色に見える”のか。世界への憤りとそれでも捨てきれない思いを、神様という不確かな存在に訴えかける。そんな痛切な姿が歌声から浮かびます。

誰も見えないモノも アナタだけは取って触れる

そんな事も見えない僕を アナタだけがきっと触れる様な

このCメロの詞は、猪狩さんの考える神様像なのかな?

インタビュー(https://spice.eplus.jp/articles/15053)によると、「神様の椅子」ができたのは猪狩さんが精神的にキツイ時期だったらしいです。その精神状態が色濃く表れているのでしょうね。

でも 未だ 未だ

物語を

tacicaの全曲の中でもかなりシリアスな曲ですが、それ故に強い信念が感じられてとても好きです。
懊悩が続く様なフェードアウトで曲は終わり、そして......

7. 命の更新

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ここ!この流れがとにかく素晴らしい!暗く、激しい雰囲気が一気に優しく、温かみのあるものに変わるんですよ!

先ほどのインタビューでも触れられているのですが、神様の椅子がリリースされた頃にドラムの坂井さんの病気が発覚して、tacicaはライブ活動を一時休止していました。
その出来事により、テーマのベクトルが変わったと猪狩さん自らがインタビュー内で語っています。
引用すると

やっぱり自分のテーマとして「死ぬ/死なない」っていうのは最初からあったと思うんだけど
でも「死」っていうものを意識して「死」について書くか、「死」を意識して「生」について書くかっていうことが変わった気がします。

その変化が、「人鳥哀歌」~「神様の椅子」からの「命の更新」という流れで、音として、言葉として伝わってきます。

”生きて”という言葉の多さが印象的です。とにかく生きることを歌う、その変化が伝わる一方で、人や街、そして自分を嫌うネガティブなフレーズもあり、まぎれもなく「神様の椅子」の続きであることが分かります。
特に

永遠を信じなくても

物語だけは終わらせなかった

の部分は、「神様の椅子」の”未だ物語を”という言葉と強く結びついていると感じました。

どのフレーズも好きですが一番は

雨の気配に息を切らして走る

心臓の音で日々を刻んだ

ここですね。言葉の美しさがあり、それと裏腹な必死さがある。まさにtacicaの音楽そのものだと思いました。
終わりのコーラスや、ギターの掛け合いは生命を讃えるような神秘性があります。

命の更新はtacicaにとって、タイトル通りtacicaというバンドを更新する、非常に重要な一曲なんだなと今回のアルバムを通して再確認できました。

8. ハイライト

前半のエンディングですね。アコギの綺麗な音色と猪狩さんの優しい声がとにかく合う。弾き語りのような始まりから、Bメロの

だから どうかリズムが揺らいでも

の”リズム”でリズム隊が入るところがすごく好きですね~。遊び心のあるギミックとも捉えられるし、先述の通り坂井さんの病気でtacica自体のリズム、或いはドラムに揺らぎが生じたことを指しているとも考えられます。

歌詞は、なんかもう、全部がいいです。比喩的表現が少なくなった分だけ、直接心に響くフレーズが増えています。あえて例を出すなら

この長所も短所も その他 諸々まで同じ僕なのに
同じ音色の日は 二度とは来ない

ってところですね。うーん......いいなぁ......。
ハイライトという言葉は、スポーツ中継などで知られるように見せ場とか、いい場面をまとめたものとして使われます。この曲の中では、人生の中で上手くいった場面といった感じでしょうか。ハイライトばかりを繰り返し思い出してしまうことに悩みながらも、最後にそれを肯定的に受け入れるラスサビがまたいいですねぇ。

きっと そうやって 来る日もハイライトを
目に映しながら 人間が生きるように
僕も生きるように

「命の更新」と同じく生きるという言葉が何度も出てきて、作詞の変化がよくわかります。「人鳥哀歌」や「神様の椅子」で負った傷が癒されるような、初期tacicaの葛藤の答えのような一曲です。

『dear, deer』に入っているのはほとんどシングル曲なのですが、この「ハイライト」はアルバム曲で、最初収録曲を知ったときなぜ「ハイライト」なのかと疑問に思いました。しかしよく考えてみると、ベストアルバムはtacicaというバンド自体の”ハイライト”だとも言えますね。

 

以上、前半8曲の感想でした。記事の長さの都合で何の気なしに半分に分けたんですけど、実際に聴いてみるとすごくキリがいいですね。後半はタイアップラッシュや4人編成とtacicaが大きく変化しますが、引き続き名曲ぞろいです。
では、後半の記事でまた会いましょう。