限りない日々の逃走劇

主にtacicaを褒め讃えるためのブログです

tacica 『singularity』全曲感想【前編】

tacicaの8枚目にして、自主レーベル初のオリジナルフルアルバム『singularity』の全曲感想(前編)になります。

 

いや~今回のアルバムはタイトル通り、tacicaにとって革新的な1枚になりましたね。
ピアノがメインの曲や、コール&レスポンスの入ってる曲など、今までになかった要素が目白押し。なので初聴の時は結構困惑しました(特にアロン)。

ですが何回も聴いてるうちにアルバムのテーマが見えてきて、それに応じて新しいtacicaというものが自分の中に段々と馴染んできました。
今ではとても好きなアルバムです。

特異点

『singularity』の1番大きなテーマはやはり特異点でしょう。
このアルバムではtacicaにとっての2つの変化が軸になっています。
バンドとしてはメジャーからインディースへの変化、世界としては従来の日常からコロナ禍での日常への変化。
『singularity』はその変化に適応する為の作品と言っても過言ではないと思います。

 

ジャケットはボイジャーのゴールデンレコードを模したデザインとのこと。

ja.wikipedia.org

ざっくり言うと、地球外生命体に地球人の文化や歴史を伝えるために探査機に載せられた記録媒体.......らしいです。
tacicaに置き換えれば、今のバンドの変化や心境を誰かに伝えるためのアルバムとも捉えられます。
なんとこのデザインを通すためにNASAに問い合わせて許諾を取ったらしいです!
すげぇー(小並感)。
あと歌詞カードにバイナリ文字列が書かれていたり、かなり凝っているのでCD版がおススメです(amazonにはないけど)。

 

なおこのアルバムはなぜか公式のyoutubeチャンネルで全曲無料で公開されているので、まだ聴いていない人はこんな記事見てないでぜひ一聴してみてください。

singularity - YouTube

プレミアムに入ってなくてもこの再生リストから全曲聴けます!

 

感想の中に試聴会という言葉が頻繁に出てきますが、出典はこの記事(tacicaのサウンドメイクと歌詞世界を最速で探る──〈『singularity』先行試聴会〉イベント・レポート - OTOTOY)です。

では全曲感想へ、レッツラゴー(死語)!

 

1. Dignity


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1曲目からいきなりピアノのイントロで始まり、特異点感全開です。
感傷的で、打ちひしがれるようで、しかし美しい旋律。
アウトロはそれまでの静けさと打って変わり、激しいドラムと荘厳なストリングスによる演奏で、幕開けにふさわしい壮大さ。

曲名である”Dignity"の意味は”尊厳”らしいです。
いや重い……。
しかし、インディースに帰る事と、コロナに見舞われた事が主題になっているアルバムですから、心情としては暗い面があるに決まってますよね。

それにしてもアルバム始まっての一言目が

僕がもし人間だったら

なのもめっちゃ重いです。
『singularity』はかなり曲間の結びつきが強いアルバムだと思っているのですが、この「自分は人間らしく生きているのか?」という問いも重要で。
後に何度も顔を出してきます。

それにしてもいつも通り歌詞がいい!
Bメロのフレーズが特に好きです。

青になるよ すぐ

でも赤になってしまうでしょう

また すぐ

うーーーーーん、いい……。
tacicaらしい自問自答。
”でも赤になってしまうでしょう”の歌い方がまた柔らかで、心にしみます。

比喩的な表現ですが、個人的にはコロナによってライブができなくなった時期の事かなと思いました。
「すぐライブができるようになるはず」と希望をもつ一方で、「でもその後またライブができなくなるかも」とネガティブな思考に陥ってしまう、みたいな。

 

サビも非常にtacicaらしい詞になってます。
心と体の乖離は「人間1/2」の頃から頻繁に出てくる悩みで、しかし今回は割と具体的になっているような。
”Oh My Ms. Mr.”の部分が少し謎だったのですが、試聴会の発言を踏まえると納得がいきます。
生まれてくる体は女か男のいずれか一つ。
しかし心はそうはいかない。

この曲はもともと猪狩さんの弾き語りが元になっていて、詞は殆ど同じなのですが変わっている箇所が一点だけ。
”見つけてあげるから”だった所が”見つけてくれるなら”になっています。
小さな変化ですが、持つ意味は大きいです。

バンドの尊厳は、誰かに曲を聴いてもらうことであり
それは聴いてくれる人が存在することによって成り立つものでしょう。
しかしtacicaは再びインディースに戻る事を選択しました。
そうなれば、否が応にも人の目につく機会は少なくなる。
故に

goodbye

また いつか 必ず

見つけてくれるなら

という、見つけてもらう側の切実な言葉になったのかなと思ってます。
思えば、ジャケットの元ネタであるゴールデンレコードも、宇宙にいる他の生命体に”見つけてもらう”ための存在ですね。

しかしながら続く言葉は

でも体はそうはいかないみたいだ

なんですよ。ほんとtacica
人間としての尊厳が守られることなく死んでしまうかもしれない。
或いはバンドとしての尊厳が守られることなく解散してしまうかもしれない。
そして今の私たちが生きている間にはおそらく、ゴールデンレコードは誰にも届かない。
いや、1曲目からほんと重いな!
まあ、勝手に重く捉えちゃってるだけかもしれませんが。

 

歌詞のことばっか書いてますが、音楽面でもギミックとして面白いところがあります。
イントロからずっと鳴っているピアノは、6/8→6/8→4/8というリズムになっています。
それに対し、後から入る楽器は全部4/4(と2/4と8/8?)で6拍子はないんですよ。
アジカンの「暗号のワルツ」みたいですよね(あの曲はもっと大胆にズレてますが)。

そして最後にはピアノはなくなり、完全に4拍子の曲になる。
この趣向もまさに特異点って感じですねー。
猪狩さんの「変わらざるをえなかった」という言葉がしっくりきます。
現実私たち人類は、コロナに合わせて、日々の生活のリズムを変えなければなりませんでしたから。

1曲目からめっちゃ長くなってしまいました。
だっていい曲だしー、テーマも壮大だから仕方ないしー。
と言い訳は程々に、次の曲にいきましょ。

2. 冒険衝動

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ベース最高!ベース最高!
イントロがかっこよすぎて聴くたびニヤけてしまいます。
「冒険衝動」は既発曲ですが、シングルの方では歌始まりでイントロがなかったんですよね。

tacicaのアルバム2曲目には毎回疾走感の強いナンバーがくるので、リリースされた時からこの「冒険衝動」が次のアルバムの2曲目になるんじゃないかと予想してましたが、当たりました(プチ自慢)。
実際に聴いてみると、ベースの作るダークな雰囲気と、激しめのドラム、そして何より”冒険”というテーマが(「Dignity」はイントロダクションと考えると)アルバムの実質的な始動にぴったりです。

1番Aメロの

現状 あの子に代わって

流す涙 一つもないんだが

のフレーズ中には「Dignity」の”こんな場面であんな風に涙したい”に引き続いて”涙”という言葉が使われていて、地続き感を強めてます。

 

で、全体のテーマとしては、これもうインディースに戻る事への決意表明そのものですね。

僕は知りたい事 山程あった

ここは動機そのものだろうし

エンジン載せ替えてまで行きたい

場所がある

なんかはモロ契約が変わることの比喩でしょう。
音楽への強い思いを感じられる一方で、”要するに勘違い”とか”察するにお門違い”みたいな自虐的なフレーズが出てしまうのが実にtacicaですねぇ。
そこの弱音をしっかり描写するからこそ

でもそれがしたいから

仕様がない

という言葉にすっごい重みがあると思います。

あと、短いですがCメロがこれまたいいですねぇ……。

想像もつかない事が 時々

僕らを不安にする

想像もつかない事を 話足りない

只 語り合っていたい

ですよ、奥さん!
いやほんとこれですよ。2019年に数年後こんな世界になってしまうなんて、全く想像つかなかったですもん。
想像もつかない事を不安に思うのと同時に、”語り合っていたい”とも言ってるのが希望も感じられて好きです。

ラスサビへの間奏もめっちゃカッコいい。
歪んだエレキが目立つ中、裏で鳴っているアコギが繊細な色味を出していて曲のイメージに合ってます。
「冒険衝動」という言葉を最後に持ってくるのも痺れますねぇ。

そんな傷ついて迄

やりたい事ばかりだよ

冒険衝動に肖りたい事ばかりだよ

改めて歌詞を読むと、やっぱり決意表明だよなぁ。
tacicaがインディースを選択した理由ってあまり語られていないと記憶しているのですが、曲の中で十分に書いてるだろうって事なのかも。
後述する「人間賛歌」でもそうですが、自分たちの思いを曲の中で完結させているのがtacicaのカッコいい所だと最近思えてきました。
勿論、SNSで色々主張することも大事ではありますけどね。

アウトロもカッコいい!
怪しげで暗いけど始まりの予感もあって、夜明け前(曲の方じゃないよ)の情景が浮かびます。
見返すとイントロも間奏もカッコいいって言ってて笑いました。
最初から最後までずっとカッコいい、tacicaの新たな名曲です。

 

3. BROWN

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曲間短く、3曲目「BROWN」へ。
今回のアルバムは全体的に曲間が短いですね。

tacicaは曲ごとにロゴを作っていて、「BROWN」では猪狩さんが数年前に飼い始めた、たぬきち(犬)がロゴになっています(かわいい)。

”R”の一部がしっぽになってるのもかわゆい


で、おそらく歌詞もたぬきちが主人公。
tacicaの動物曲は数あるけれども、飼われている生き物が主役になるのは始めてじゃないかな?

Aメロの詞の書き方にどこか既視感を覚えていたのですが、最近思い当たったのが宮沢賢治の「雨ニモマケズ」です。

明くる日も目覚められる

それだけに感謝し

全部が初めてみたいに生きれれば

こことか、人間(?)の質素な理想像を言い連ねる感じが似てる…似てない?
何より確信的なのが2番サビの

雨風に負けぬ名をください

ってところですね。ここがあるから、だいぶ真実味がある説だと自負しています。
雨ニモマケズ」のオマージュとすると、この詞で書かれている人物像に、猪狩さんは心の底からなりたいと思っているのでしょうね。

サビではコロナ禍のtacicaの心中が、保護犬であったたぬきちの姿に重ねて歌われているように思えます。

憎しみはとっくに

洗いざらい許したよ

他の誰でもない僕の為に

ここがすごい好きですねぇ。
結局誰かを許すのは他でもない自分のためでもあるんだなぁ……。

「BROWN」も間奏がカッコいいですねー。
無骨なバンドサウンドのグルーブ感が堪らん。

あとラスサビ~Cメロの盛り上がりもいい。
家で聴いてると一緒に口ずさんじゃうんですが、めっちゃ気持ちよくなれるんでおススメです。
ていうか歌詞が良すぎるんですよね。

嵐の中を行こう

またこっからどっかへ行くだけさ

歩ける ほら 大丈夫 多分

うーーーん、いいなぁ。
tacicaの歌詞の中には困難や悲しみの象徴として、雨や風という単語がよく出てきます。
しかし嵐という単語は今までなかったんですよ!
それ故に今回のコロナ禍がどれほど大きな影響を及ぼしたのかがうかがい知れます。
まさに”記憶にない程の雨”だったのでしょう。

そんな苦難の中、そっと前を向くような言葉で締めくくるのが本当に素晴らしい。
1、2曲目から続いた暗い流れに、たぬきちの曲である「BROWN」で明るい兆しが芽生える。
それは、このインタビュー(tacica初のベスト&新曲インタビュー。フロントマン猪狩が求める日常に根づいた音楽とは | 音楽と人.com)で語られている通り、猪狩さん自身がたぬきちに救われたからなのでしょう。
現にこの後の「stars」、「space folk」と(曲調は)明るい曲が続くため、よりその印象が強いです。

 

4. stars

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Dignityと同じくピアノが入る一曲。
「冒険衝動」の方は2曲目に入ると思ってましたが、「stars」が4曲目とは予想できなかったです。
tacicaのアルバム4曲目は大体アッパーで、野球よろしく全体通しての盛り上がりを作るのが通例でしたので、スローテンポで落ち着いたこの曲が来るのは大分意外でした。

でも聴いてみると納得します。
「stars」はこの位置にあることによって、アルバム全体を優しく俯瞰する存在になっているんですよ。

この曲はある意味で、tacicaの変化を象徴する一曲です。
実は初めてピアノをメインにもってきた曲らしく、サウンド面では紛れもなく革新的。
歌詞の面でも今までに比べ、かなりストレートになっています。

その一方で、「stars」で歌われているのはとても普遍的なことです。
人との出会いと別れ、そして孤独。それらは特異点を経ても、きっと全く変わらないことなんですよね。

特異点と普遍性。その両面を兼ね備えた「stars」が4曲目にあることで、「singularity」は変わる事の中に救いがある作品になっているんじゃないかなと。

 

にしてもサウンドが本当に奇麗ですよね。
ピアノは言うまでもなく、サビのクリアなエレキの音が良くてねぇ……。
その演奏に猪狩さんの声がまた合うんすよ……。
特に

星屑みたいな僕等

の裏声がまた美しくてねぇ……。聞き惚れます。

あと2番の

過去や未来の事 絵空事

今 夜空に巻いたみたいだから

どれも一つ残さず 輝いてる

も、すっごく素敵な表現ですねぇ……。
星の夜の空気を集めたような曲なので、冬の澄んだ夜に聴くのがおススメです。

 

5. space folk

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前曲が”僕等”で終わった直後

僕等ずっとキミの事

頼りにしてるんだけど

で始まるこの曲。今回のアルバムは本当に曲同士の結びつきが強い。

キラキラした「stars」の雰囲気はそのままに、アコギをメインとしてウィンドチャイムやフルート(?)も加わり、より華やかな曲に仕上がってますね。
また、ドラムのリズムが軽快で意外とダンサブル。
タイトル通りフォークソングを意識した曲らしいので、そのノリが盛り込まれた結果なのかもしれません。音楽知識なさすぎるからわからないけど。

そんな明るいイメージと裏腹に、言ってることは何というか、結構くたびれています笑。
ここまで音楽を続けてきた心境の吐露っぽいなと個人的には思います。

ある人が器用に言って退ける

言葉でも解けない魔法

ここを聞いた時、最初ツイッターのビジネス(?)アカウントの事を思い出しました。
「厳しいことを言うと」やら「これは結構ガチです」とか宣ってライフハック的なものを紹介するアレです。
いやアンタ随分器用なこと言うけど、それができてりゃ僕の生きづらさはとっくに解消されてるわ!的な。

とまあどうでもいい愚痴はさておき、ニュアンス的にはそれに近いのかもなと。
猪狩さんの視点で考えれば、(デッドエンドでも言っている通り)”ある人”は音楽の天才の事じゃないかな?

 

"space"にはいろいろな意味が含まれますが、この曲で一番大きいのは”余地”や”余白”ですかね。

「冒険衝動」で”僕は知りたい事 山程あった”と歌ってましたが、この「space folk」では

知りたい事 知れないままで

どこまで行けるだろう

と歌っていて、結局知りたいことをまだ知れていないんですよ。
生きていく中で何となくわかってる気になっている事はいっぱいあるはずで

分かってない

分かった振りをしてみせるだけ

それを包み隠さず、”分かった振り”だと言い切るところが好きです。

2番の

知りたい事 知りたいままで

ここまで来たんだろう

ここは、結成から17年活動を続けてきたバンドが歌うからこその重みがあります。
まだまだ知りたい事があるからメジャー契約を”置いて”でも続けていこう、という姿勢はストイックで心の底から尊敬するし、これからも追い続けるぞと改めて思いました。

 

6. Rooftop Hymn

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「SUN 太陽」「go by」に連なる環境音始まりシリーズ。名前の通り、野村さんのスタジオの屋上でレコーディングしたみたいです。
アルバム後半へのイントロダクションで、立ち位置としては「bearfoot」に近いかもしれません。
例のごとく、アルバム内でワンギミックを入れてくれるのが、リスナーとしては嬉しいですね。

20秒程の長めの間を取ってから歌われる

枯れた花の名を思い出すだろうか

消毒液の匂いで

という言葉に、聴くたび思いを馳せます。

コロナ禍で失われた多くのもの。
言わずもがな、音楽業界も大きなダメージを負いました。
閉館してしまったライブハウスも少なくないです。
その中には、tacicaにとって思い出深いライブハウスも、もちろんあったでしょう。
再延期の末、約1年越しに開くことができたアニバーサリーライブ「象牙の塔」の会場である中野サンプラザも、閉館が決まりました。

このどうしようもない無常さを、”消毒液”という象徴的なモノで言い表すのが見事です。

アコギ一本の弾き語りは、ここ数年で猪狩さんが始めた変化でもあります。
音数を少なくすることによって、改めて猪狩さんの声の良さが分かりますね。

途中

心の水が空になったら

電話しておいで

優しい......。なんて優しいんだ......!
”電話しておいで”ですよ!「キミには関係ないのにね」とか歌ってた人がこんなに穏やかな言葉を歌うようになるなんて、分からないものですねぇ。

”消毒液”や”電話”という言葉選びは、明らかにコロナを意識したものでしょう。
そもそも、tacicaが時事的な問題を表立って歌うのはこのアルバムが初めてですね。
”消毒液”という言葉はtacicaにとっての、まさに特異点なのかもしれません。

曲の終わり付近にサイレンの音が鳴っています。
これは次曲の「デッドエンド」の出だしとリンクした演出......と思っていたのですが、ラジオでの受け答えを聞くに偶然らしいです。
一人間の考察なんてそんなもんだな!ここに書いてある解釈も話半分、いや話9割9分くらいで流しておいてください。

 

以上、前半6曲の感想でしたー。
例のごとくほぼ歌詞について長々と書き連ねる記事になってしまい申し訳ないっす。
読んでくれた人はありがとうございます。
できたら後編の記事でまたお会いしましょう。